開業にあたり導入にもっとも悩んだのはCTでした。16列や64列マルチスライスCTで冠動脈を描出できることは、一見、不要なカテーテル検査を減らして虚血性心疾患患者の診療に貢献するように思えます。このため、鹿屋ハートセンターと同様にカテーテル検査やカテーテル治療を主業務とするカテクリニックの多くがマルチスライスCTを導入し、カテーテルをしなくても冠動脈のことが分かりますよという風に集患に努めているように見えます。

 しかし、冠動脈をCTで描出し、分かることは冠動脈造影とまったく一致するわけではありません。冠動脈CTで冠動脈に有意狭窄がないと分かればほぼ確実に実際の冠動脈にも狭窄がないことがほとんどです。(陰性正診率が高い) しかしながら、CTで狭窄があると診断された例で実際の冠動脈には有意な狭窄がないことは少なくありません。(陽性正診率が劣る)ですから狭心症の可能性があるがCTでは異常がないのでカテーテル検査をしないで置こうという風に不要なカテーテル検査は減らすことができます。一方で全国のいくつかの施設で実施されている冠動脈ドック(狭心症があやしいわけではないが、CTで検査しておきましょう)のような形であれば、CTでは狭窄あるように見えたが実際にはなかったという方の不要なカテーテル検査は増えてしまいます。

 鹿屋ハートセンターでは、典型的な症状があり、運動負荷心電図でも典型的な陽性所見があるという方には冠動脈CTは実施していません。いづれにしても冠動脈造影を避けてとおれないのであれば、その上に造影剤を負荷し、被爆放射線量を増やしてCTの情報を得ても、付加して得られる情報は限られるとの考えからです。冠動脈CTが臨床に使われるようになってまだ、日が浅いですし、今後この分野は急速に進歩してゆくでしょうから近い将来、考え方はきっと変わると思いますが、現時点では冠動脈を評価するためのCTは下記のような使い方が正しいと思います。

1) 狭心症を疑わせる症状があるが運動負荷心電図は陰性。運動負荷心電図の低い陽性検出率を考えれば冠動脈の情報を見ておきたい。

   この場合、冠動脈に狭窄が見つかることは多くはないものと考えられ、疑わしいからカテーテルをしましょうという方のカテーテルを避けることができる。

   カーテーテルをしなくてよかったねというのがこの場合の理想的なゴール

2) 狭心症が疑わしいが、高齢であったり運動負荷が困難な事情があったりのために運動負荷心電図の実施が困難な場合

   これほど悪いのであればカテーテルをしないと仕方がないね医師の背中を押してもらうための検査ということになります。

   もちろん、結果が良く、カテーテルをしなくてよかったねとなれば理想的です。

3) 不安定狭心症を疑わせる最近発症の胸部症状があり、運動負荷が躊躇われるが、狭心症との確信が乏しい時

   これも冠動脈に問題があればヘパリン化に進めるし、なければ似たような症状を呈する消化器疾患などを疑いヘパリン化を避けるといったデシジョンメークが可能になるのでCTの有用性が高いと思います。この状況では、冠動脈のCT評価を行うことで同時に大動脈解離のの有無、肺塞栓の診断も可能となります。

1) 2)に共通するのはカテーテルをしなくても良いという根拠を得るための検査ことです。

 現状で、使用法として私がよくないと思っているのは、冠動脈に問題があることに疑う余地がないのにCTを撮影し、ほらやっぱり悪いでしょという使い方です。冠動脈造影で冠動脈を見るだけであれば、造影剤は50mlも必要ありませんし検査時間も10-15分です。一方、冠動脈に問題がある場合、困難な治療になれば大量の造影剤も必要になるでしょうし、被爆時間も長くなってしまいます。しかし、一人の患者にとって耐えられる造影剤の量にも被爆線量にも限りがあるわけですから、悪いケースの場合には治療のために造影剤の量、被爆線量をとっておき、CTで無駄に使いたくないというのが私の現在のスタンスです。

 2008年4月の診療報酬改定では64列マルチスライスCTを用いた冠動脈CTに6000円の加算が認められました。これは関係学会からの要望の結果ですが、どのようなシチュエーションで使用すべきかと言ったガイドラインを学会が示さずに、高価な64列の普及に弾みがつくような要望を学会が提出し、また、これを国が認めるというのもいかがなものかと思っています。 

 とはいえ、悩んだ末に導入を決めた鹿屋ハートセンターのCTですが、経営的にハートセンターに寄与しているかと言われれば「?」ですが、実際の診療の現場では導入してよかったと思っています。特に冠動脈の評価よりも、大動脈解離の診断、肺塞栓症の診断についてはCTなしでは仕事ができなかったと考えています。

 

CTがあってよかったと思えたケース 1

不安定狭心症

右のケースは78歳の男性。初発の胸痛を主訴に受診されました。かろうじて実施できた運動負荷心電図ではSTの変化はなく、負荷後に心室性期外収縮を認めました。心エコー上の壁運動異常もまったく認めません。高齢者の初発の胸痛ですので冠動脈CTで問題がなければこれ以上の検査はするまいと考え実施した検査で左冠動脈前下行枝近位部に高度狭窄を認めました(右上段)。このため、入院にしていただき冠動脈造影を実施。CTと同様の結果(右中段)であったためにその場で薬剤溶出性ステントの植込みを行いました(右下段)。

冠動脈CT

 

冠動脈造影

ステント植込み前

冠動脈造影

ステント植込み後

   
CTがあってよかったと思えたケース 2

肺塞栓症

81歳の女性。立ちくらみを主訴に近くの脳外科を受診。SPO2の低下を指摘され、鹿屋ハートセンターに紹介で受診されました。心電図は洞性頻脈。上段の心エコーで右室が張っており、左室が圧排されています(右上段)。この時点で肺塞栓症に違いないと考えましたが、造影剤50mlを使用してCTを撮影。右肺動脈に大きな血栓像を認めました(右下段)。これで肺塞栓症の診断確定です。受診から診断確定までおよそ30分。すぐにヘパリン化を行い、翌日に下大静脈フィルターを留置しました。

ちなみに、最近では肺塞栓症の診断に肺動脈造影を行うことはほとんどありません。造影剤の量がCTよりも多く必要なこと、塞栓症の診断能力がCTよりも劣ることが肺動脈造影をしなくなった理由です。

肺塞栓症の心エコー
肺塞栓症のCT
   
CTがあってよかったと思えたケース 3

大動脈解離

36歳の男性。1時間の運転直後に胸痛があった。この方は以前からよく知っている方で、胸痛があったらすぐに連絡してくださいよと話をしたことがあった方です。胸痛の発症後、すぐにご家族からみてくれるかとお電話を頂き、すぐに受診。心電図は正常でST変化を認めなかった。大動脈解離を疑い、造影剤50mlを使用しCTを撮影。上行大動脈にも下行大動脈にも解離を認めた(上段)。再構成像では腸骨動脈にいたる解離を認めた(下段)。このため手術適応と判断し、大隅鹿屋病院心臓血管外科にすぐに紹介。大動脈置換術を受け、無事に生還された。

急性大動脈解離のCT
急性大動脈解離のCT
 

鹿屋ハートセンター  郵便番号893-0013 鹿児島県鹿屋市札元2丁目3746-8 電話 0994-41-8100