連載第9回 「不整脈と薬」
 昨年は100回を越える医療講演をしました。この医療講演の後、よくたずねられるのは、不整脈のことです。


 かつて、多くの医師が不整脈を持つ患者さんを診ると、不整脈なのだから薬をのまないと死んでしまうぞとばかりに、薬をのめと話をしました。また、薬をのまない患者さんのことを無知で無理解な人のように悪く言いました。しかし、米国で発表された一つの研究が世界を変えました。不整脈の患者さんを二つのグループに分け、片方のグループには薬を、もう一つのグループの患者さんには薬をのんでもらわなかったのです。結果は驚くものでした。かつて医者は「薬をのまないと死んでしまうぞ」と言っていたのに、薬をのんでいたグループの方から多くの死亡者が出たのです。


 前回、大事な薬をのまなかったために突然死された方のお話をしました。この方は、拡張型心筋症という病気で心室頻拍という重大な不整脈を持っておられました。こうした方には不整脈を抑える薬(抗不整脈剤)は不可欠です。しかし、不整脈が出ているからという理由だけでは、抗不整脈剤をのむ理由にならないことが分かったのです。むしろのまない方がよい場合もあるということです。抗不整脈剤も不整脈を抑えるだけの薬で、不整脈そのものが出なくなるように治療する薬ではありません。ずっとのまなければならない薬です。命を護るためならいざ知らず、命を縮めるかもしれない薬をずっとのみつづけるのはおかしなことです。


 不整脈の薬は怖いからのまない方が良いよということをお話したいわけではありません。薬をのむことをたやすいことのように思う人もいるかもしれませんが、毎月病院に通って、毎日毎日、薬を飲みつづけることは、場合によっては、手術を受けるよりも大変な負担が伴います。手術であれば、例えば「今切れば、確実に治るガンだから切って治しましょう」とか、「手術に伴う生命の危険は、0.1%しかありませんよ」といった説明を聞いた上で手術を受けるに違いがありません。薬をのむ場合にも、どういう病気があり、どういう効果が期待でき、どのような副作用があるかという説明を聞いた上で納得して薬をのんで欲しいのです。手術の時だけではなく、薬をのみ始めるのにもインフォームド・コンセント(説明と納得)が必要ということです。納得をしないまま薬をもらって帰ると、必要な薬なのにのまなかったということになりかねません。


 薬だけでは良くならない病気を薬だけで治療することや、薬をのまなくても良い病気や薬をのまない方が良い病気で薬をのみつづけること、逆に薬をのまないと危ない病気で副作用を気にするあまり薬を毛嫌いするといったことは、薬をのむ時の失敗の代表です。


 薬で失敗をしないためにも、本当にのまないといけない薬なのかと医師に尋ねる勇気を是非持って欲しいものです。また、私たち医師は、素人は黙って医者の言うことをきけといった態度を改めなければと思っています。
 


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