連載第7回 「ニトログリセリンの上手な使い方」

狭心症や心筋梗塞の薬としてニトログリセリンほど有名な薬はありません。「ニトロ」と略して呼ばれ、胸が苦しいときに舌の下に入れてなめる薬です。最近では、湿布のように皮膚に張るタイプや口の中にシュッと一吹きするスプレーのタイプもあります。

この「ニトロ」は、ダイナマイトの原料であるニトログリセリンと成分は同じもののため「ニトロ」のことを「爆弾」と呼ぶ人もいました。爆弾と呼ばれることもあった薬のため、この薬のことを怖い薬と思い込み、必要な時に使うことをためらって失敗した人も少なくありません。

ニトロは、舌の下ですぐに解けてなくなる薬です。解けたニトロは口の粘膜から吸収され、すぐに心臓にたどり着きます。心臓に効果を発揮した後は数分でニトロは肝臓で分解されて無くなってしまうので長期間の副作用の心配もないのです。しかし、ニトロは心臓を養う冠動脈だけではなく全身の血管を拡張する作用があるために、一時的な副作用が出ることがあります。起立している状態でニトロを使うと立ちくらみのような状態になったり、ニトロを使った後にズキズキするような頭痛を感じたりが副作用です。しかし、これらはあくまで一時的なものですから心配のない副作用です。

私が医者になって間もない頃でした。その当時は、風船治療もバイパス手術も普及しておらず、薬による治療が主体でしたから、今のように発作が完全におさまる人は少なかったのです。その人も、薬で治療をしていたおばあさんでした。発作が起きるとニトロをなめて発作を抑える、発作の起きやすいトイレの時には前もってニトロをなめるという風にしていました。ある時、近所の人からニトロばっかりなめていると癖になって体に悪いよといわれたそうです。その後は、ニトロをなめずに発作が収まるのを待つことにしていたそうです。最後の発作の時には、お孫さんに背中をさすってもらっていたそうです。今日はなかなかおさまらないねと言っているうちに白目をむいて息が止まりました。病院にたどり着いて、この話を聞いた時に「どうしてニトロをなめなかったんだ」、「どうしてすぐに病院に来なかったんだ」と思って悲しくなりました。自分の話より近所の人の話を信じたのを知って切なくなりました。

このように必要な時に怖いからといってニトロをなめない人は多いのです。ニトロは決して怖くはないのです。

最近では、風船治療もバイパス手術も普及したために胸がしょっちゅう苦しくなる人は少なくなりました。しかし、ニトロの重要性が無くなったわけではありません。ニトロが効くのは、基本的には狭心症だけです。狭心症かどうかあやしい時、ニトロは役に立つ薬です。苦しいと思った時、ニトロをなめて効果があれば、いよいよ狭心症が怪しいということになりますし、ニトロが効かなければ狭心症の心配はぐっと少なくなります。色々な検査をするよりもニトロをなめて効果があったというのは大きな判断材料になるのです。

怖い怖いと言っていたら正しい答を得ることもできませんし、その対策をたてることもできません。正しい答への近道がニトロなのです。

 


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