載第5回 「心筋梗塞は生活習慣病?」

米国の学会に行く飛行機の中で次のような事がありました。機内食のメニューは和食かステーキでした。私も隣に座っていた米国人も和食を頼みました。しかし、残念なことに和食は残っておらず、二人ともステーキということになったのです。私はそのことを残念に思ったのですが、隣の米国人は喜んでいました。聞けば、体のことを心配する奥様からステーキを禁止されていたとのことでした。久々に好きなステーキを堂々と食べられると喜んでいたのです。

私は、医者として多くの患者さんにあれを食べるなこれをするなと言ってきましたが、この時、こうした指導が本当に人に幸せをもたらしているのかと考えてしまいました。かつて成人病といわれたガンや狭心症・心筋梗塞も厚生省の提唱で生活習慣病と呼ばれるようになりました。日本人の食生活が欧米化したためにこのような病気が増えていると言われています。このため現代の日本人の生活習慣がいかにも悪いように思う人が増えました。しかし、日本人の平均寿命は世界でもトップクラスにあるのも現実です。

最近、拝見した心筋梗塞の患者さんは生活習慣病である心筋梗塞になったのは、奥様が作りつづけた食事が原因だと、奥様を責めておられました。しかし現実には、この方の心筋梗塞の原因は家族性複合型高脂血症でした。奥様が責められる理由はなかったのです。

日本人の百人に一人はこの型の高脂血症だと言われています。また、家族性高コレステロール血症の方は日本人の五百人に一人に認められると言われています。家族性というのは親から遺伝するということです。このような方は高率に心筋梗塞を起こしますから生活の管理や薬の内服が必要となります。しかしすべての人に同じ生活の管理が必要とは言えません。高血圧にも同じことが言えます。ある遺伝子型を持つ方は血圧が高いことが知られています。このような方も塩分の取り過ぎが原因とかつては考えられていたのです。

現在、世界中でヒトの遺伝子を解明して遺伝子病の治療に役立てようというヒトゲノム計画が進行しています。遺伝子が解明されるとともに病気になりやすい遺伝子を持っているからといって差別する事を禁止する法制化が米国では進められています。一方で、コレステロールが高くなる遺伝子を持っている方には動脈硬化を起こさないような治療を、ガンになりやすい遺伝子を持つ方には定期的なガン検診を行うというような個々に合った対策を行う方向へ変わりつつあります。

個々人の幸せや好みの生活スタイルに医者や看護婦が口をはさむことにずっと違和感を持っていました。特に健康でお年を召された方の生活が正しかったことは、その人自身が証明しているわけですから、いまさら若造の医者が生活習慣を指導する必要はないでしょう。

これからの医学の進歩は、だれかれなしに「肉や卵は食べるな」とか「塩分を摂るな」というような大雑把な指導から、個々の体質や危険因子にあわせたアドバイスへと変化をもたらすものと思われます。

 


鹿屋ハートセンター  郵便番号893-0013 鹿児島県鹿屋市札元2丁目3746-8 電話 0994-41-8100