連載第12回 「医者と患者の信頼関係」
 この連載も十二回目を数えて最終回となりました。この連載を通じて、言いたかったことはわずかなことを知っているだけで助かる命があるのだということです。ほんの少し早く、病院に行っていれば助かったのにと後悔する方は少なくありません。前首相の小渕さんでさえ、官邸で様子を見ていて治療の時期を失いました。ですから、知識がないために命を失ってしまうというのは地方だけに限られた問題ではなく、日本中で起こっている問題でもあるわけです。


 しかし、地方も東京も同じというわけではありません。名瀬救急で聞いた話では、鹿児島にヘリコプターを使って搬送された方の半数は心臓疾患、残り半数は小児であったそうです。東京の都心に住んでいる方が心臓病になったからといってヘリコプターで搬送されることはありません。十分な知識があり、すぐに病院に受診したとしても解決できない問題が地方にはあります。病院に勤務する立場でこの問題を考えると、ただ単に病院を作るだけではなく、その病院で何ができるかという質が重要だと思います。


 数多くのまじめで優秀な先生が地方の医療のためやって来て、そして去っていかれます。東京や大阪・鹿児島の一線で働いてこられた先生が、地方に来て去っていった理由は様々と思います。しかし、次のような話をよく聞かされます。地方では、東京や大阪でやってきたことと同じことをしていても、そんなに大きな病気なら東京や大阪で治療を受けたいと言われると言うのです。その医師が信頼されないのは、医師自身の問題かもしれません。しかし、その医師が東京や大阪で勤務していた時には地方の方からも信頼されていたのです。地方では患者さんに信頼してもらえないと言う医師と、地方で治療を受けるのは心配と言う患者さんの不信の共鳴は、私の耳に悲しく響きます。


 よく言われることですが、より良い療養環境や治療結果は、医師と患者の相互の信頼関係で成立します。かといって相互不信の原因を患者さんに求めるのは間違っていると思います。夜中に心配になって病院にきた患者さんに、「何ともないのに大げさにして病院までやって来るなんて」と追い返してしまうような医療はまかり通っています。こうした医療を見てきた患者さんが本当に病を得た時に、医療を信頼できないのは当然です。病気を見つけ病気を治すことが大切なのは当然ですが、病気がないことを明らかにし安心していただくのも大切な仕事です。この位で病院にかかっても良いのかと考える患者さんに、そんなことは考えなくても良いから心配だったらすぐに病院に来てくださいという話をこの連載ではしてきました。そうした関係が医師と患者の間で作れた時、見過ごされそうな病気を見つけるということが医師の重要な仕事になります。良い医者は、臆病で心配性です。私たち心臓の医者が診ている狭心症の患者さんの見かけは元気そのものです。臆病で心配性の医師は元気そうな人の中から狭心症の方を発見して大勢の人を救い、病気になってから診る医者は大勢の人を死なせてしまいます。
 病院がかかりやすくなり、早期に病気が発見され、「軽くすんで良かった」という笑顔で包まれる姿を思い描きながらこの連載の筆を置きたいと思います。

 


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