連載第1回 「少しの知識で助かる命」

循環器科は、心臓や血管の病気を診る科です。この循環器の医者になって二十年になりますが、その間に悔しい思いをしたことは少なくありません。以前から狭心症と言われ薬をのみ続けていたにもかかわらず、四十代の若さで亡くなる人がすくなからずあったからです。

狭心症を持っている方は、時々胸が圧迫されたりとか締めつけられたりとかといった症状を自覚する事があっても普段は元気そのものです。このために病院に行こうという気になかなかならないのです。わたしが出会った方もそんな方でした。バブル経済で誰もが忙しかった頃でした。奥様には時々、胸に違和感があると言っておられたそうですが、会社が忙しく病院に行くことはありませんでした。ある日、いつもとは違う強い発作がありましたが、いつもと同じように数分で楽になると思い、様子を見ていたそうです。いよいよ苦しくなってきても救急車も呼びませんでした。タクシーで病院に来られたのです。病院にたどり着いた時には心臓は停止していました。心臓マッサージを行い、動き出した心臓を調べてみると簡単に治せる動脈が一本、つまっていました。すぐにつまった血管を通し、心臓は安定した動きを取り戻しました。しかし、心臓が止まっていた間に脳が駄目になってしまっており、脳死を経てその方は亡くなられました。時々、胸に違和感があるという時点で拝見する事ができていたなら確実に助かった方が、「会社が忙しい」とか「そんな重要な病気とは思わなかった」といったわずかなことのために命を失ってしまったのです。このような方は少なくありません。

私達、医者の働き場所は病院です。しかし、病院の中にとどまって具合の悪い方を待っていたとしたら何時までたってもこのような悲劇はなくなりません。ほんの少しの知識があるだけで助かる命があるのです。今回の連載を始めるにあたって望むところはそこにあります。いくら医学が進歩し、設備の整った病院ができ、優れた医師がいたとしても上手に利用する方法を知らないと意味はありません。

このような思いで、前任地の福岡でも奄美でもそしてこの大隅でも狭心症や心筋梗塞症の正しい知識をもっていただくために「医療講演」と称して各地の公民館にお邪魔し、話をさせていただいています。奄美大島の宇検村 では、私の話を聞いてくださった方が近所の人にも話を伝えてくださり、心筋梗塞の発作が起きてすぐに病院に来て下さいました。この結果、この方は心臓にほとんど障害を残さないで元気になられました。

人の命には限りがあり、いつか命を失ってしまうのは仕方がないことです。しかし、少しの知識をもっていることで予防できたり、治療できたりする病気で命を失うのは悲しく、悔しい事です。今回の連載を通じて、こうした悲劇が少しでも少なくなるよう願わずにはいられません。

 


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