院長日記

- 国家百年の計 - 2008.4.20 新井英和

 

    道路特定財源に関わる議論が盛んです。この議論の中で冬柴国土交通大臣の発言が耳に残って仕方がありません。「道路は国家百年の計だから道路特定財源は維持しなくてはならない」という言葉です。「国家百年の計」です。百年後の日本はどうなっているのでしょうか。医師であり、日本の初代鉄道院総裁、東京市長を務めた後藤新平が、鉄道の国有化を実現させ、関東大震災後の東京の復興計画を作成しと、将来の日本の姿を作った歴史などと重ね合わせた発想のようにも思えますが、果たして、今の日本に100年後の姿を思い描く政治家や官僚は存在するのでしょうか。

 100年後、今の少子化が解消されていないとすれば日本の人口は、数千万人も減少しています。江戸時代の飢饉に際して日本の人口は停滞、もしくは若干の減少をしたと言われています。以後初めて経験する人口減少時代です。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の人口は05年の1億2777万人から2100年には4771万人に減少するそうです。人口が4700万人程度で、地球温暖化の影響を受け、沿岸部が水没してしまった日本の100年後の、工業生産、農業、私たちの医療はどうなっているのでしょうか。間違いなく、日本の国民総生産は低下し現状の経済活動は出来なくなっていることでしょう。この沈滞した100年後の日本に残された道路に何が走っているのでしょう?人口の約半数が首都圏、名古屋圏、関西圏の3大都市圏に集中する中で、人口の減少が加速度的に進む地方の道路は何のために必要なのでしょうか。今、私は道路整備の遅れた大隅半島で暮らしています。ですから、一概に地方の道路は不要だというつもりはありませんし、空港や鹿児島市内へのアクセスが向上しないかと願っています。しかし、これは「百年の計」ではありません。目先の利便性でしかありません。

 私は、鹿屋ハートセンターの開設に当たり、「心臓病治療を通じて大隅の未来を作りたい」という願いを込めました。大隅の医療の未来を作るために貢献するのではなく、大隅の未来を作るために貢献したいという願いです。他の地域よりも高齢化が進む大隅で未来を作る仕事ができたとすれば、それはひいては少子高齢化が進む日本の将来を作ることになるのではないかという願いです。

 私の子供の頃、21世紀には車はエアカーとなっており、食事はボタン一つ押せば、機械からいつでも好きなものが出てくるというような時代になっているものと誰もが思っていました。しかし、現実の21世紀にはエアカーは飛んでもいなければ、機械から食べ物が出てくることもありませんでした。鹿屋に来て、私が衝撃を受けた光景があります。谷間に開けた平地一面の田んぼには竹が組んでありそこに稲が干されているごくありふれた農村の風景です。目に映るものはわずかな電線だけで、他には人工的なものは何もないのです。江戸時代ときっと変わらない風景です。想像していた21世紀の光景とあまりにも異なっていたことが可笑しかったことと、瞬間的にこれこそが正しい21世紀の姿だと思ったことが私の記憶に鮮明に残っているのです。

 考えれば当たり前のことです。ヒトは21世紀になろうが22世紀になろうがコンピューターを食べて生きていける筈はありません。最近、7歳の息子が命のあるもの以外で食べられるものはあるの?と私に聞きました。米や野菜、魚も肉も命のあったものです。自然から生まれてきたもの以外に食べられるものはなく、こうした当たり前のことは将来もきっと変わるはずがありません。100年後、人口も減少し経済力のなくなった日本は札束を切って国外から食料を調達することは出来なくなっているような気がします。日本とは逆に人口が急増する中国からの食料調達は特に困難になるように思えます。こうして考えてゆけば「日本の国家百年の計」は、少子化をいかに食い止めるか、どのように食料を確保するのかということに帰着するように思えます。大隅で生産される食料は大隅で消費される食料をはるかに超えており、生産/消費で計算する自給率は100%を超えています。これゆえに、大隅は「日本の食料供給基地」と言われています。しかし、農家の高齢化や後継者難でその将来は決して安泰ではありません。また、そうした農家を支えるインフラである大隅の医療は決定的に遅れていました。農家を支えずに描く「国家百年の計」は空しいものに違いがありません。

 農村からの国家百年の計、それを支える医療や社会保障の百年の計、崩壊する産科医療どうするかという点も含めて人口減に対処するための百年の計、資源のない国だからこそ必要な技術立国を目指すための百年の計を「道路こそが国家百年の計」という軽薄な大臣は無視して考えていかなければと思います。

   
 
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