院長日記

- カテーテル治療をする責任 - 2008.3.20 新井英和

 

    2006年10月の鹿屋ハートセンター開業以来、冠動脈のカテーテル治療をおよそ300人の方に実施しました。そのほとんどのケースで薬剤溶出性ステント(DES)の植込みを行ってきました。血管径の大きな場合には、従来のbare metal stent(BMS)でも再狭窄は決して多くはないのでBMSでもよいではないかとの議論もありますが、このような状況下で植込んだDESで再狭窄した例を私は経験したことがありません。数%再発する治療とほぼ再発しない治療ではやはり再発しにくい治療のほうがよいのだろうと思っています。ですからDESが植込み可能ならDESを植込むことを方針としているわけです。

 一方で、DES植え込み後には遅発性の血栓症や超遅発性の血栓症の報告があり、一旦、血栓症が発生すると死亡率は50%にも及ぶと言われています。これを根拠にDESの使用を控えるべきだとの議論もあります。冠動脈の拡張を行い、6-8ヵ月後に再狭窄を免れ、もう安心と思ったのにステントが血栓で埋まって死にいたるという現象は、ステントのなかった時代、BMSの時代にはあまりなかったことです。では、DESは植込むべきではないのでしょうか。

 DESのなかった時代を私は知っています。ステントを植込んだものの半年毎に再狭窄を繰り返し、半年毎に100万円もする治療を余儀なくされたり、そのあげくバイパス手術を受けたりした人たちの存在を知っているのです。半年で100万円が無駄になるような治療がよい治療のはずがありません。ですから再狭窄は冠動脈のカテーテル治療のアキレス腱と呼ばれ続けてきたのです。この問題を解決すると思われたのがDESです。BMSがヒトに植込まれ始めた当初、やはりステント血栓症でなくなる方が少なくありませんでした。しかし、この問題はステントの高圧拡張とチクロピジン(パナルジン)の使用で解決されました。このように発生した問題は、ヒトの力で必ず解決できるものと私は信じています。ですから、現状のDESの使用に関わる問題があったとしても冠動脈のカテーテル治療のアキレス腱を解決する可能性の高いこのDESによる治療を大事に育ててゆきたいと思っています。

 では、将来の問題解決以前の、現在の問題点を解決する方法は何でしょうか?私は、カテーテル治療に携わる医師の倫理観だと思っています。急な閉塞による死亡率が高いことは誰もが知っている事実です。この問題の根本的な解決にはなりませんが血栓症が発生したときになるべく早くに対処する体制を整えておくことだと思っています。私は、ステントを植込んで退院されていく方の全員に急な体調不良があった時には夜半であろうが正月であろうがすぐに私に連絡をしていただくようにしています。基本的に私は鹿屋ハートセンターから一歩も外に出ませんから連絡はハートセンターにしていただいていますが、私個人の携帯電話の番号もお知らせしています。開業から500日が過ぎ、鹿屋を出た日が5日ほどです。鹿屋を留守 にする日には、近くの県立医療センターの先生に対応をお願いして出かけるようにしていますし、最初の相談には自分が応えられるように携帯の番号をお知らせしているわけです。こうした24時間対応する形を整え、なおかつ急変があった方が自宅で我慢せずにすぐに連絡をしていただいたら相当にステント血栓症による死亡を減らせるのではないかと思ってのことです。

 私は、元々、飲酒が嫌いと言うわけではありません。しかし、今はステントを入れた責任が私にはあるのだとの思いからほぼ飲酒はしなくなりました。これがカテーテル治療に携わる医師の倫理観だと思っています。もちろん、多くの医師を抱え、第一術者が飲酒していても誰かが代わって治療してくれるという大病院では医師の飲酒は問題ないでしょう。

 もう一つの私の倫理観から来る振る舞いですが、それは翼を広げ過ぎないということです。大規模病院で「私たちの技術は優れているので全国からカテーテル治療を求めて患者様が来るのだ」と謳う病院があります。そうした病院で植込まれたステントに起きた血栓症には誰が対処するのでしょうか。問題が発生したときに対処できないのに安易に遠方の患者様を引き受けるのは何か間違っている気がしてなりません。私が鹿屋ハートセンターでDESを植込んだ方で最も遠方にお住まいの方は福岡の方でした。わたしはこの方の治療を引き受けるべきか悩みましたが、最終的には血栓症が起きたときには福岡徳洲会病院の下村英紀先生に対処してもらうとの形を整えてから治療を引き受けました。2番目に遠い方は、宮崎県の三股町の方ですが、この方の場合にも急な血栓症の場合には藤元早鈴病院の剣田昌伸先生に対処してもらうつもりです。こうしたネットワークに支えられて安全が担保されているのに「うちは全国から患者様が来るからすごいだろう」というのは「品格」に欠けることのように思えます。また、朝日新聞の「朝日MOOK 日本のいい病院」や読売新聞の「医療ルネサンス」のように数の多い病院ほどよい病院という煽り方をして地方の医療が崩壊した時、ステント血栓症は誰が治療するのでしょうか。

 日本は世界で最も特殊な形でカテーテル治療が普及した国です。北は稚内から、南は沖縄県宮古島までカテーテル治療ができる病院があります。このように全国津々浦々までカテーテル治療が普及している国は世界中で日本だけです。日本中、津々浦々でステント血栓症でも急性心筋梗塞で対処できるよという国を目指すべきなのか、施設を集約化して手術数の多い施設を限定して、地方は我慢しなさいという国を作るのかは国の選択の問題、ひいては国民の選択の問題です。どのような医療体制を持つ国を作るのかという議論なし に大きなことはいいことだというキャンペーンをはる新聞社も財政の問題から将来の国の医療体制を提示せず、集約化でお金を節約しましょうという行政も、私には無責任に見えて仕方がありません。

 ともあれ、お酒も飲めない、鹿屋から出ることもできないという選択をした私ですが、カテーテル治療を生涯の仕事と決めた選択の結果ですから、それは仕方がないこととして、多少つらくても自分の信念を貫いているのだという喜びにすがりついてこれからも頑張ってゆきたいと思っています。

   
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